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安倍政権誕生に期待する(2)
安倍さんなら「敗戦後遺症」をのりこえられる
今日、国民一般の国益擁護に対する関心の高さは、近来稀にみるものがある。全国各地のさまざまな団体から講演を依頼される機会が多いが、市民団体、商工関係団体を問わず、外交安保に係るテーマの希望が圧倒的である。政治の世界では、永らく「外交安保は票にならない」といわれてきたが、まさに隔世の感ありである。
北朝鮮のミサイル発射や日本人拉致被害者の痛ましい事実、中国の軍備増強や露骨な我が国領土・資源侵奪の意志等をまのあたりにして、やっとわが国民は戦後半世紀続いた観念的平和主義の眠りから目覚めようとしているのである。「国家の危機に対処する策が見えない。我が国に確たる司令塔があるのか?」
これが、国民の間に充満する不安の声だ。中国駐在の我が国外交官が中国諜報機関の重圧に耐えかねて自殺した事件では、外務省が生活指導に毛の生えた程度の服務規律をまとめて失笑をかった。本当に重大な問題は国家そのものの危機管理能力が問われたことだ。竹島の韓国による占拠も、中国によるガス田盗掘も、北朝鮮による拉致事件も核開発問題も、何ひとつ解決の見通しがない。
それもそのはず、他国に自らの意志を承諾せしめる強制力、あるいは他国の侮りや主権侵害に対する抑止力としての『主体的打撃力』の保持を放棄して米国に委ね、自らは「他国を刺激しない。他国に脅威を与えない」などという、子供じみた国是を持ち続けてきた戦後日本だ。アメリカを本気で怒らせないという限度で、いくらでも日本はいたぶれる国なのである。むしろ、バロメーターが明確単純なだけに、反日国家群は安心して日本を小突き回すという構図である。
このような構図が、敗戦後遺症の一症状であることは言うまでもない。主体的打撃力を持った者同士の対等な同盟に日米安保体制をグレードアップできるか否かは21世紀日本の死活問題である。その大事をなしとげるのは、やはり、明確に自虐史観を乗り越えている安倍晋三であると、かつて10年間、衆議院で政治行動を共にした立場からも確信している。 |