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安倍政権誕生を待望する(8)
この日本を「毅然とした誇りある日本」へと再生させてくれる政治家は誰か
安倍晋三という政治家の一番の価値は、その政治的主張が「ぶれない」ことにある――と多くの政治家、評論家たちが指摘してきた。世論の動向、様々な利害打算、人間関係……等々、これらは政治家の主張を往々にして右へ左へと微妙に揺らすものだが、氏にはそうした「ぶれ」が一切ないということだ。
私が安倍晋三という政治家を間近で見るようになったのは、氏が中川昭一氏などとともに「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」なる議連を平成九年に立ち上げた時からである。その時から今日まで、私が得た乏しい体験からいっても、氏の政治的主張には一切「ぶれ」はない。内閣官房副長官になっても、自民党幹事長になっても、あるいは小泉内閣の屋台骨を支える官房長官になっても、氏が主張のベースに置いてきたのはいつもこの時に抱いた日本の現状に対する熱き思いであり、何がこの国にとっての原則か、何が真の国益か、という問題意識に他ならなかったからだ。
安倍氏といえば、人々は昨年のあのNHK教育テレビ番組をめぐる朝日との論争を想起されよう。氏はこの問題でも一切ぶれることなく、朝日との一連の論戦を戦い抜いた。ただ報道された事実が間違っていると消極的に反論するだけでなく、むしろ朝日という新聞の異常な左翼体質に敢然と切り込み、その根本的批判を展開したのである。
と同時に、その背後にはこれまでの自民党政治家にはない骨太な「保守思想」というバックボーンが備わっていることを指摘したい。これは単に保守派の考え方に近いとか、リベラル思想に毒されていないとか、バランスのとれた考え方をする現実派だとか、といったレベルの話ではなく、氏自身が確信的な保守派であるということである。これがこれまでの一般の自民党政治家と氏を分かつ重要な一線なのだ。
かつてサッチャー英国首相が保守党党首に就任した時、党集会の演説で次のように述べたということが語られている。「われわれの目的とするところは、稀に見る無能な現政権(キャラハン労働党政府)を政権の座から追い出すだけではありません。労働党は社会主義を拡大
するために存在しているわけですが、その社会主義の全誤謬を、そうです、社会主義の全誤謬を破壊することがわれわれの目的なのです」
このサッチャー演説になぞらえるならば、安倍氏がめざすのは単に生ぬるい外交政策を一部改めさせるとか、おかしな媚中派や左派を政権から排除する、といったレベルに留まることなく、これまでの左翼リベラリズムに基づく「全誤謬」を断固正し、トータルに改革していくことだということができるだろう。
おかしな自虐観に立つ外交政策、過度な個人主義・極端なフェミニズム思想に立脚した家族破壊政策、日教組支配と左翼リベラル思想に基づく教育政策、そして共産主義独裁政権に対する一方的宥和政策……等々、氏はその一つひとつの危険性を正確に認識し、それを排除しなければ、この日本に健全な将来はあり得ないことを痛切に自覚しているのである。それが真正の保守政治家・安倍晋三の真骨頂でもある。
氏が自民党を「真の保守政党」へと生まれ変わらせるべく、その鍵となる「草の根保守」の結集につき、度々次のようにいってきているのを眼にされた方も多いと思う。「草の根保守とは、真面目に働き、家族を愛し、地域をもっとよくしたいと考え、そして、何よりも日本の未来を信じる人たちです。こうした人たちに支持され、その思いの上にしっかりと立脚する政党にしていきたいと思っております」
もちろん、その根底には誇りある日本回復への烈々たる思いがある。それは多くの論者たちが指摘する祖父たる岸信介元首相より引き継いだ「DNA」でもあろう。岸元首相は日本の主権が回復され、自らの公職追放が解けたその日に、「日本再建連盟」なる国民運動を立ち上げた生粋の保守政治家でもあったが、その後自由民主党の初代幹事長となった時、「党の使命」と題する以下のような文書を発表している。「国内の現状を見るに、祖国愛と自主独立の精神は失われ、政治は昏迷を続け、経済は自立になお遠く、民生は不安の域を脱せず、独立体制は未だ十分整わず、加えて独裁を目ざす階級闘争は益々熾烈となりつつある…」
文書はかく説き起こしつつ、占領政策の過誤を指摘し、国家観念と愛国心を抑圧し、更には国権を過度に分裂弱化せしめた日本の現状に警鐘を鳴らすのである。
それから五十年、日本の国はいまだにこの敗戦後遺症の中にある。ここからこの日本を「毅然とした誇りある日本」へと再生させてくれる政治家は誰なのか――?
それは安倍晋三氏を措いて他にない、というのが私の確信でもある。
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