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核武装の議論から逃げるな

 中川昭一自民党政調会長の「核をめぐる議論は必要だ」という発言を受けて、与野党から批判が噴出している。戦後の日本は世界で唯一の被爆国ということで、「核」と聞いただけで、思考停止する時代が続いてきた。日本政府の立場も「核兵器を持たず、つくらず、持ち込まず」の非核3原則を掲げてきた。
 本来ならば北朝鮮の核実験を受けて、与党の政策責任者が安全保障をめぐるタブーなき議論を呼びかることは、なんら非核3原則に反するものではない。国民の生命と財産を守り、あらゆる安全保障上の危機に対処しなければならない政治家が核武装の議論をするのは当然のことである。
 昭和34年3月の国会で岸信介総理は「政策として核兵器は保有しないが、憲法としては自衛のための最小限の核兵器を持つことは差し支えない」と答弁し、その後も「自衛上の小型の核兵器」保有は違憲ではないとの日本政府の立場は今も変わっていない。小泉政権下でも、福田康夫官房長官が「憲法上は核を持つことができる」と答弁している。
 自民党の加藤紘一氏などは中川氏の発言を受けて、「国際的に大きな波紋を呼ぶ。世界の中で最も核兵器を保有してほしくないと思われている国は日本だ。自衛隊にはかなりの力がある。そこに核を持つ構想があるとなると、北朝鮮の核保有よりショッキングなことになる」と語っているが、国民の生命と安全を守るべき政治家の発想とは思えない発言である。特に「北朝鮮の核保有よりショッキングなことになる」などという発言は防衛庁長官経験者でありながらあまりにもお粗末すぎる認識といえる。
 一方今年9月、中曽根康弘元総理が会長を務める世界平和研究所が「将来における国際社会の大変動に備え、核問題の検討を行う」という示唆に富んだ提言を行っている。また最近は学者の中からも核武装議論の必要性を問う意見を多く聞くことができる。
 戦後の日本は米国の核の傘と日米安保条約によって守られてきた。しかし、自分の国は自らの力で守るという体制を構築することが対等な日米関係にも繋がり、北朝鮮の核の脅威に備えることができるのだ。
 日本は世界で唯一の被爆国であるからこそ、核武装について議論する資格を有しているのである。