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憲法前文に「美しい国へ」の精神を盛り込め
今週26日、衆議院憲法調査特別委員会は、与党と民主党がそれぞれ提出している憲法改正の手続きを定める国民投票関連法案の審議を再開した。両法案は先の通常国会で継続審議となっていた。
安倍総理は所信表明演説で「国の理想、かたちを物語るのは、憲法です。現行の憲法は、日本が占領されている時代に制定され、既に60年近くがたちました。(中略)新しい時代にふさわしい憲法のあり方についての与野党の議論が深められ、方向性が出てくることを願っている」と述べ、憲法改正への道筋ができることに期待感を表明している。
長年、日本国憲法というと、「第9条=憲法改正」ばかりがクローズアップされてきた。だが、日本国憲法は第9条だけではない。憲法は国家としての基本姿勢を表したものであり、特に憲法前文の表現は重要な意味を持っている。
現在の前文は「政府の行為によって…(略)…戦争の惨禍が起こらないようにすることを決意し」にみられるように、第二次世界大戦の戦勝国に対して日本が戦争を起こしたことへの詫び状となっている。また「平和を愛する諸国民」とは、明らかに戦勝国の国民のことであり、ここには日本と同様、敗戦国のドイツ、イタリアや欧米の旧植民地に属する国民は入っていない。「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しよう」「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」などの文言についても、日本が平和を破壊し、専制を行い、隷従を強い、他国を無視して他国民に圧迫と偏狭を行ったので、二度と戦争を起こしませんと懺悔している表現となっている。これらは戦勝国の国民は平和を愛していたのに、日本が戦争を仕掛けたのだという、いわゆる東京裁判史観そのものである。
当時の国際環境を眺めた時、戦勝国が持っていた植民地はもともと、侵略によって奪ったものである。戦勝国こそ植民地の人々に隷従と専制、圧迫と偏狭を強いていたはずだ。
国家主権を放棄した場合は異なるが、戦争に負けたからといって、わが国は国家の存立の基礎を懺悔「詫び状」に置く必要などは全くない。
今後の憲法改正に際しては、前文にはっきりと、世界に誇りうる美しい自然に恵まれたわが国の長い歴史、文化、伝統や国柄を明記し、過去・現在・未来をつなぐ「国家精神」を表明することが、安倍総理が掲げる「美しい国へ」にそった憲法改正に繋がるに違いない。
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