|
|
高校教科書検定結果と沖縄戦集団自決について
文部科学省は3月30日、来春から使用される高校教科書の検定結果を発表した。今回の検定では大東亜戦争末期、沖縄で起きた住民の集団自決について、日本軍の命令によるものだったとする記述に対して初めて「沖縄戦の実態が誤解される恐れがある」という検定意見が付いた。その結果、「集団自決」について「日本軍が追い込んだ」「日本軍に強制された」などの表現は「日本軍が」の主語を削り、「集団自決に追い込まれた」「集団自決に追いやられた」に修正され検定をパスした。
集団自決をめぐっては、昭和25年に沖縄タイムス社から出版された『鉄の暴風』で、渡嘉敷島と座間味島で守備隊長が命じたとする記述が最初である。作家の大江健三郎氏の『沖縄ノート』(岩波書店)にも守備隊長が自決を命じたと記述されている。
しかし、軍命令があったとしていた証言者の長女が、「母が『証言は事実ではない』と告白した」とする内容の本を平成12に出版し、琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄さん(82歳)は平成18年、産経新聞の取材に対し「遺族に援護法を適用するために軍命令ということにした」と証言するなど、軍命令について否定的な証言が出されるようになった。大江健三郎氏の『沖縄ノート』で自決を命令したと名指しされ名誉を傷つけられたとして、元守備隊長や遺族らが大江氏を相手に名誉棄損訴訟も起されている。
文部科学省はこの訴訟での元守備隊長の陳述書や、近年になって日本軍の命令があったことを否定する学説が出てきていることなどが今回の検定方針変更の大きな要因と説明している。
また渡嘉敷村によると、集団自決で亡くなったと確認されているのは315人。平成5年、渡嘉敷島北部の集団自決跡地に建てられた碑には、「軍命令」とは一切刻まれていない。渡嘉敷村の関係者が議論を重ねた末の文章だという。村歴史民族資料館には、守備隊長であった赤松嘉次元大尉が陸軍士官学校卒業時に受け取った恩賜の銀時計も飾られている。
同村の担当者は「命令があったかどうかは、いろいろな問題があるので、はっきりとは言えない。しかし、命令があったという人に実際に確認するとあやふやなことが多いのは事実。島民としては、『命令はなかった』というのが、本当のところではないか」と話している。
近年の様々な証言や嘉敷村担当者の話を聞けば、何が歴史の事実なのかがわかるはずだ。元守備隊長らの名誉回復もさることながら、子供たちの使用する教科書に公正な歴史の記述をするのは執筆者の責務である。
|
|
|