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「自省の念」に訴えかける論調に惑わされるな
先週の小欄でも取り上げた中国産冷凍餃子による食中毒被害であるが、残念ながら日本のメディアの対応は相変わらずである。中でも月刊誌『論座』(朝日新聞社刊)最新の4月号では“これでもか”とばかりの中国擁護論が展開されている。しかもそれは日本人の「自省の念」に訴えかけた、より悪質なものである。
当該記事は「潮流08」と名付けられた巻頭コラムのひとつ「?餃子問題?より重要なこと」であるが、まず書き出しの「中国製加工食品の輸入規制や食の安全のための国産品消費の推奨が主張される機会が増えている。しかし、これらの主張はどれも私たちの生活に有用なものとはいえない(むしろ有害な主張といえるものも多い)」からして論調の怪しさを案じさせる。こともあろうに食品よりも日本人の危機感を有害と見なすわけである。
この筆者は「仮に『輸入加工品は危険性が高い』としても、それが輸入規制の必然性とは結びつかない」と、意味不明の意見を述べたうえで、「『安全性は低いかもしれないが、とにかく安いものを食べる』のもまた、選択の自由なのだ。餅は、96年1月には200人以上の死者を出し、今年もすでに多くの死亡事故が報告されている。しかし、『危ないから餅を規制すべきだ』という声は聞かない」と呆れた妄言を呈する。
この筆者は、人間の食生活にとって<根本的に有害なもの>と<普段は有害ではないがたまたま具合悪く災禍を及ぼしたもの>の区別もつかないのであろうか。彼の目の前で中国産有毒餃子と普通の餅を並べて、どちらを食べたいか二者択一を迫っても結果は明らかであろう。
さらに文章の後半では「選択の自由を勘案すると、政策措置の必要性に関しては、今次の中国産食料品の問題よりも昨年来の偽装問題のほうが喫緊の課題であることがわかる」「食品偽装の再発防止のためには、内部告発制度の整備、告発者の権利保護などが必要だ。その整備によって、はじめて危険な食品を食べる自由と食べない自由が保障されるようになる」と主張するのでる。
もはやここまでくれば消費者の判断能力や食品管理当局に責任を転嫁した議論のすり替えに他ならないが、ここで肝心なことは冒頭で述べた如く我々の「自省の念」に訴えかけているという点である。日本人一般の情念として、こういった話の展開につい丸め込まれてしまうパターンが多いのではないか。
『論座』本号末尾の書評欄で「多年の渇をいやす」と、日本語版の出版が紹介されているアイリス・チャン『ザ・レイプ・オブ・南京』についてもそうであるが、「日本人が怠ってきたこと/気づくべきなのに意識してこなかったこと」を強調し、我々の「自省の念」を促して我が国に仇なす活動の免罪を促すという手法は国外の敵対勢力のみならず、国内反日勢力の常套手段である。国内問題においては人権擁護法案や外国人地方参政権付与法案などを推進する議論で繰り返される手法でもある。保守陣営にとっては、そうした論説の跳梁跋扈を喰い止めうる意見発信方法の模索が喫緊の課題であろう。 |
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