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国際社会における品格・信頼は、毅然とした態度から
今月11日、フィリピン下院の外交委員会は日本政府に対し、いわゆる「従軍慰安婦」問題で公式謝罪と補償を求める決議案を全会一致で可決したとのことである。昨年には同様の決議がアメリカ・カナダ・オランダの各下院や欧州議会で可決されている。これは歴史の審判という名のもとに日本包囲網が形成されてゆくかのような錯覚を抱かせる左翼の戦略でもあるのだが、とはいえ、我々日本人が歴史をどう認識し、世界に向かってそれをどう発信するかということがこれまで以上に問われる情勢になってきていることは確かである。
歴史認識問題といえば、いちばんのネックは中国とのやり取りであろうが、そうした問題も含め、かの国をどう捉えるべきか考えさせられる格好のケースが、餃子問題に引き続き最近もう一つ現れた。
産経新聞によれば今月11日、日中両国の主張が対立する東シナ海ガス田問題について日本側が国際裁判所に結論を委ねることを提案したのに対し、中国政府高官が「裁判に訴えたら日本が勝つだろう」と指摘していたことが明らかになったという。つまり国際法上は日本の主張の方に理があることを事実上認めたということであり、同時に中国側は「日本に負けるわけにはいかない」と述べ、国際裁判手続きに入ることは強く拒否している(国際裁判の手続きには紛争当事国双方の合意が必要)。
この件は、中国のような国家に対し「理」をもって説明し説得することの不毛さを端的に、しかしこれ以上なく明白に示している。相手方は自身の主張に客観的な「理」が無いことを承知で交渉を展開――これはもはや「交渉」とは呼べないかもしれないが――してきているのであり、また日本国内にさえ相手方を代弁する勢力が存在する有様である。この「無理を通せば道理が引っ込む」的な発想が見受けられるのはこの件だけにとどまらない以上、歴史問題についての無理難題に対してもこちら側がどういった対応を取るべきか、答えは明らかであろう。
そして重要なのは、我が国政府・世論の対応を国際社会における他の国々も注視しているということである。相手方の無理難題を飲んで譲歩を繰り返せば、他国から見た場合それが「理」(=日本側に後ろめたいことがあるに違いないといった客観的判断)になってしまう。国際社会での品格/信頼に関わる問題に関しては、我々にはこれ以上一切の妥協は許されない。 |
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