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日本は中国の人権抑圧を見て見ぬふりをするのか
中国西部のチベット自治区で、平成元(1989)年以来の大規模な騒乱が発生している。今月10日(ダライ・ラマ14世のインド亡命の日)にラサで僧侶約300人が中国当局による不法拘束への抗議行動を起こしたことが契機であったが、戒厳令を敷いた警察側と衝突し死者も出た。
中国政府はその「騒動」をダライ・ラマ一派の策動と決めつけつつ抑圧し、18日の第11期全国人民代表大会(日本でいえば国会)のあと温家宝首相は「ダライ集団の“独立を求めず和平対話”との標榜(ひようぼう)がウソであることを暴露した」などと述べた。また、かつてのチベットでの虐殺の指摘に対しては「われわれはチベットを平和解放し、民主改革を実施して現在に至る」などと開き直る始末である。さらには「北京五輪破壊を狙ったものだ。北京五輪を政治化することはできない」とする。
“語るに落ちる”とはまさにこのことである。もし中国が本当にチベットを「平和解放」し「民主改革を実施」していると言うならば中国軍による虐殺の説明がつかないし、それが人権問題として指弾されてしまうことが分かりきっている後ろめたさゆえに自ら「北京五輪を政治化するな」などとうそぶくのであろう。
こうした事態に対して18日、フランスのクシュネル外相は騒乱が続けばEU(欧州連合)は北京五輪開会式への不参加を検討すべきだとし、台湾の馬英九(中国国民党次期総裁候補)も当選後五輪ボイコットを排除しないとの声明を発表した。またイタリア紙に掲載された世論調査では96.1%が北京五輪ボイコットを支持するなど、複数の欧州メディアが明確にボイコットを主張し始めている。著名なメダリストたちによる北京五輪への疑念表明も絶えない。
そして、政治・社会問題と五輪を切り離すという前提のアメリカ政府でもクリステンセン国務副次官補が「北京五輪を成功させるためには中国はいくつかの問題に真剣に取り組まなければならないだろう」と釘を刺している。
一方、福田康夫首相の同じ18日のコメントは「憂慮している。双方が冷静に適切な対応を取ってほしい」というものであった。これでは、どちらが抑圧側で、どちらが被抑圧側かが分かっていないことを自白したようなものではないか。我が国のメディアが中国に対する「自主規制」によって実態を伝えてくれない以上、せめて政府のリーダーたるもの大枠の状況を正しく伝え、然るべき態度を取るべきだと言いたいが、餃子問題も他人事のように扱っていた福田氏では、そうした一縷の望みを託すことすらできないとは情けない限りである。このままでは、日本は人権抑圧に対して、見て見ぬふりをした国だとして認知されるに違いない。 |
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