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福田首相は同じ過ちを繰り返すのか

 昭和52年8月、福田赳夫首相(当時)は東南アジア歴訪の際にマニラで「福田ドクトリン」と呼ばれる東南アジア外交3原則を表明している。3原則とは(1)軍事大国とならず世界の平和と繁栄に貢献する (2)心と心の触れあう信頼関係を構築する (3)対等な立場で東南アジア諸国の平和と繁栄に寄与する というものである。

 その直後9月に発生したダッカ日航機ハイジャック事件で、福田首相は「人命は地球より重い」と述べて犯人グループの要求に応じて身代金600万ドルを支払い、日本赤軍メンバーなどの囚人を釈放した。この対応は国際的な非難
を浴びることになる(直後のルフトハンザ航空機ハイジャック事件では、西ドイツ特殊部隊がテロリストを制圧して人質全員を救出)。また、同じ昭和52年9月に東京都三鷹市役所で警備員をしていた久米裕さんが能登半島の海岸か
ら北朝鮮工作員に拉致されるという事件も発生している(明白な拉致事件だったが、立件されず)。福田首相の掲げた“高邁な”理想は国際社会の厳しい現実、そして近隣諸国による敵対的な謀略攻勢の中で見事肩透かしを喰らわされたのである。

 今月22日夜、往時の福田首相の実子である福田康夫首相は都内で講演し、この「福田ドクトリン」を強く意識しながら視点をアジアから太平洋圏全体にまで広げた「新福田ドクトリン」を発表した。これは今後30年間の対アジア外交の大方針と位置づけられるものだと言われ、そのなかで福田首相は「太平洋を『内海』とする国々のネットワークを形成し、『開放』をキーワードに無限の可能性を求めたい」という。しかし、経済しか触れず、政治と軍事の視点を欠いたビジョンと言わざるを得ない。太平洋を「内海」というなら、海洋覇権を追求する中国に対して、シーレーンや南西方面の島々の守りをいかにするかにも触れるべきだろう。

 しかし考えてもみてほしい。福田赳夫政権期、しかもまさにドクトリン発表直後に問題として持ち上がったテロ対策問題も拉致問題も、今の福田康夫首相になっても全く未解決のままである。現首相が、わが国を「開放」などする前に、まずわれわれ国民の生命・財産・安全を守るという意志さえ見せてくれないのは一体どういうわけであろうか。講演では他に東南アジア諸国連合(ASEAN)共同体実現支持、防災協力外交の追求、インド洋での給油活動継続、アジア格差解消などに触れたのみであるようである。他の国についての格差解消など大上段から述べる前に、まず自国における「国防意識」の格差解消に向けていささかでも努力の跡を見せてほしいというのが心ある国民の本音であろう。特に拉致問題は、もはや一刻の猶予も許されないのだから。