「庶民感覚」を盾に党利党略に走るべからず
麻生首相が、かつて「料亭通い」を批判された森喜朗元首相を上回る“外食”(各社報道によれば「会員制高級バーでの会合」など含む)を指摘され、批判を受けている。今月22日、こうした問題について「庶民の感覚とかけ離れているのでは」といった記者団の執拗な質問に対して首相は「ホテルのバーは安全で安い」「費用は自分で払っている」と語気を強めた。
これに対して福島瑞穂社民党党首は「個人のカネで飲むのをノーとはいえないが庶民の感覚では豪遊」、菅直人民主党代表代行は「安いところで酒を飲むというと、われわれの感覚では焼鳥屋だ」、また志位和夫共産党委員長は「国民の厳しい暮らしの状況に思いを寄せない行動だ」などと批判している。正直なところ筆者も高級バーでの連日会合について羨ましさやヤッカミが全く無いといえば嘘になる。しかし「庶民感覚」を盾にした彼らの批判は如何なものか。
たとえば国防の現場(自衛官の大方も「庶民」であろう)に真摯に想いを馳せることなく、国家国民の無事を願う本来の「庶民感覚」から隔絶して大上段から「日本の平和は憲法9条のおかげ」などと国民を騙しながらお門違いな主張を繰り広げてきたのは、一体だれか。喫緊の問題である拉致問題に関しても、次々と拉致されてゆく「庶民」をなおざりにして北朝鮮との友好を唱えたり工作員の釈放嘆願署名を進めたりした人間こそ、今回「庶民感覚」を持ち出した連中ではないか。
要するに「庶民(感覚)」といった曖昧な言葉を用いて為にする批判ばかりせず、野党の政治家たちにも実のある政策論議を行って頂きたいということだ。少なくとも、前回の小欄でも触れたマニフェストにおける「永住外国人の地方参政権」や「人権擁護法案」は、庶民感覚どころか、国家国益を担うわが国政治家がまともに政策論議をした結果だとは思えない。