今、民主党が選挙で訴えたことのほとんどが覆ってしまった。マニフェストどおりではなかったという次元の話ではない。選挙での民主党の主張には「官僚支配の自民党政治には大変なムダがある。そのムダを省けば、子ども手当などの財源は充分に出てくる。そのためには、『脱官僚』『政治主導』でなければならない」というストーリーが根幹にあった。その物語が到底成立しないことが明確になったということである。
「事業仕分け」は予算編成への国民の関心を高めたが、削った予算は基金の返還を含めても1兆8千億円程度。来年実施するという半額の子ども手当2兆6千億円にもはるかに及ばない。結局、埋蔵金10兆円を取り崩すという「過去最悪」(読売新聞)の予算編成となってしまった。むろん、埋蔵金が使えるのは1回切り。再来年から始まる満額の子ども手当5兆6千億など不可能だとの声も出てきている。
一方、「政治主導」「脱官僚」の方は「小沢独裁」という異常な形に変形してしまった。143名の民主党議員団を引き連れての「朝貢」まがいの訪中、天皇陛下の「政治利用」に苦言を呈した宮内庁長官に「辞表を出してから言え」という恫喝、「全国民の要望」を僭称する政府への予算要求等々、これは「政治主導」とか「脱官僚」というものではない。
本来の「政治主導」とは官僚の上に政府があるというもので、政府が政策決定し、その責任をとるというもののはず。ところが、民主党政権では確かに官僚の上に政府があるが、さらに政府の上に党があり、その党のうえに小沢氏がいる。これは、行政府のうえに党があり、その党の方針は総書記など実力者が決定するという、かつての共産主義国家と酷似している。これでは、共産党一党独裁ならぬ「小沢独裁」と言わねばならない。
民主党が掲げたムダ削減が空想だったことが明らかになった今、あの「政権交代」が結局は小沢独裁だけを生んだのだとすれば、これこそ「正真正銘のムダ」だったとも言える。