安倍晋三(衆議院議員)

自民党の基盤は「草の根保守」でなければならない

戦後六十年を迎えたいま、自民党は歴史観と使命感を持つ真の保守政党へと生まれ変わらなければなりません。そのために、党はどこに政策の基盤を見出していけばよいのか。それは「草の根保守」でなければならない、というのが私の考え方です。草の根保守とは、真面目に働き、家族を愛し、地域をもっとよくしたい考え、そして、何よりも日本の未来を信じる人たちです。こうした人たちに支持され、その思いの上にしっかりと立脚する政党にしていきたいというふうに思っています。
(『諸君!』平成17年3月号より引用)

中西輝政(京都大学教授、本ネットワーク呼びかけ人)

「草莽崛起」の精神よ、蘇れ

今回は「小泉流ポピュリズム選挙」によって、小泉自民党の大勝となったが、そのポピュリズムこそ保守の最も恐るべき敵である。前述のように、今の日本のような国家観の欠如した社会においては、ポピュリズムはつねに左からの「風」になびきやすい。今回はたまたま小泉自民党に風が吹いたというにすぎないことを忘れてはならない。(中略)
 いま、国家的使命感を持った若い世代の保守政治家に求められているのは、この「ポピュリズムの超克」である。そのために必要なのは、利権に頼る必要のない強固で近代的な党の組織的基盤と明確な保守理念である。この二つの柱がそろってはじめて、ポピュリズムを越えた本当の保守のあり方が、模索できるのである。
 先にイギリスの落下傘候補の話に触れたが、その落下傘候補を支えるのはやはり近代化された党支部組織であり、その組織づくりには保守の理念に自覚的な「草の根運動」が大きな役割を果たした。その草の根運動の担い手を指す”grassroots conservative”(草の根保守)という言葉はアメリカにも輸出され、九〇年代以降の共和党復権の原動力にもなった。
 かつて、日本でも同じ「力」がこの国の歴史を大きく動かした。幕末の変動期に、脱藩浪士や最下層の武士層こそが変革の担い手たる志士とならなければならない、と吉田松陰は「草莽崛起」というスローガンを唱えた。周知の通り、彼らが明治維新の原動力となり、明治の元勲となった。現代の日本の保守に求められるのも同じ精神である。
 いま、歴史教科書問題や拉致問題、竹島をはじめとする領土問題、人権擁護法案問題などを通じて、地方議員の国家意識がはっきりと芽吹いてきている。彼らの活動を大マスコミはほとんど報じないけれども、草の根の保守層を指導しながら永田町につないでいくという点において、この「新しい志士」たる地方議員たちは、実は国会議員よりも歴史的に重要な役割を担うようになってきているのである。
 問題は、中央の保守政治家たちがどれだけ熱心にこの流れを見つめ、導いたり励ましたりすることができるかということである。
 ここでもやはり安倍晋三氏や古屋圭司氏をはじめとする保守政治家たちが、いかにそういった流れに対して関わっていくことができるのかが問われている。そのために自民党という外皮を最大限に利用すればよい。しかし、そのアイデンティティは、決して自民党執行部への忠誠とは必ずしもつねに重なるわけではない。維新の勝海舟も大久保利通も木戸孝允も幕府や藩を利用したが、考えていたのは「日本の未来」、ただそれだけだった。
 そして、国家問題の解決のために不可避である政界大再編のシナリオをどう描いて、憲法改正や教育改革を中心とする日本の当面の「国家問題」を真にリードする勢力をまとめていくのか。ある意味では賢く権力への道を考えながら、一方で大きな国家的使命感や指導者としてのモラルを失わないための担保として保守の理念を常に再確認していく。「小泉自民党」とポピュリズムの時代を越える、真の日本の保守の向かうべき方向がそこにあるし、そしてまた、そこにしかないのである。
 今回の総選挙で、若者層が雪崩を打って「小泉自民党」に投票した背景には、この国の行く末に対する未熟ではあるけれども真剣な関心があったことは決して忘れてはならないだろう。ただその方向性がいまだ全く定まっていないが故に、先には「保守的気分」と表現したが、その一部には単なるポピュリズムとは明らかに異質なものがあり、それが今、一つの希望である。
 この若者たちの意識に明確な理念を与え、しっかりとした組織に結びつけて「新しい日本の保守党」をつくっていくために、直接的に彼らと接する地域の指導者や地方議員、あるいは教科書問題や教育改革問題で意識的に活動し始めている「日本のボランティア」たちをいかに結び付けていくのか。郵政民営化という矮小な問題で一時的な蹉跌の苦境に陥った日本の保守政治家たちが立ち上がっていく大きな可能性がそこには秘められているのである。
(『正論』平成17年11月号より引用)