意見・質問・情報の広場

menu前ページTOPページ次ページspace.gifHOMEページ

 戦後の日本人の強欲
 2008/12/04

  今日の世相を見るにつけ思う。それは、すべての人々ではないが、国民の強欲、或は、足るを知らぬ、際限なき欲望人間の強欲と言ったほうがいいのかも知れない。

 私は、毎晩就寝するためお布団の中には入る時に思う、有難いな、こんなに暖かい寝床に入れてと心から感謝しつつ睡眠に入るのである。日本人の大方の方々がそうであろう。他愛の無いごく当然のように思っているに違いないことである。

 私は思うのだ、戦前は勿論、敗戦直後早々は当然、大正・明治時代の、素封家と言われた人々、また中世のヨーロッパの王侯貴族の人々も、現代の日本人の庶民のような、温かいベッドに就寝していなかった。冷えて寒いお布団、自分の体温で温まるまでは寝付かれなかった。湯たんぽとか炬燵は利用したが、それには事前の色々な準備を必要とした。便利さとか個人的快適さが違う。食事でも、いとも簡単に、土地の作物や果物だけではなく、世界中から取り寄せた美味しいものが毎日食べられる。

 夜は、あの織田信長が珍重したブドウ酒など、ふんだんに飲むことができる。豊臣秀吉や徳川家康より、遥かに現代の庶民は、日々贅沢な暮らしをしているのである。それが高じて飽食の様相を示している日本人だ。

 それも、ここ半世紀の間に急速にこのようになったのである。現代の日本人庶民は、戦前の、大正・明治時代の、或は中世ヨーロッパの王侯貴族以上の、「人間として恵まれた状況」で日々の生活をしておるのである。

 これらが、「当然と思う勿れ」と私は言いたいのである。その為に、地球を人間が侵食しボロボロにしつつあるのではなかろうか。聞く処によると、日本人の飽食により、日本人の残飯は、途轍(とてつ)もない大量のもので、数字は失念したが、それが有効に活用されたらアフリカの子供たちの飢餓も救える程のものだと。
 このような認識の上に立つと、
1.日本人は、総じて、豊かで、世界の中では、極めて恵まれた質の高い庶民の暮らしをしている。
2.こんな事態は、いつまでも続くものではないとは歴史が証明している。
3.政治家も、マスメディアも、企業家も、親たちも、それを口に出さない。為に欲望の歯止めを失っている。
4.私などのような世代は、貧しい日本を体験し、耐えることを知る世代の人間であり、「足る事を知る者」であり、上述のような感慨にふけるのである。
5.日本人は、飽食であり、贅沢であり、傲慢であり、謙虚さを喪失していると確信する。
6.日本人は脚下照顧し、生活を収縮しなくてはならない天の時が到来しつつあるのだ。大地震を待つまでもないのだ。
7.アメリカは強欲経済を追求してきたから現在のような破綻に近い国家となりつつあるのだ。
8.今回のアメリカ発の「世紀の大不況」だが、これは歴史のバブルの崩壊である。
日本は不景気に弱音を吐いてはならない、なぜなら、まだ日本人は贅沢である。
これを大きな試練として、当たり前になっている貪欲な生活スタイルを転向させる「絶好の機会」にしてはどうであろうか。
9.日本は、「大量生産、大量消費」という「欧米の原理」を戦後の根幹思想とした、その「西欧の思想」が限界状態にあることの証左が現在の現象である。
10.日本人は「日本の原点」に回帰しなくてはならぬ。
それは、「勿体無い精神」であり、「簡素」の原理である「神道の原理」に他ならないのである。

 敗戦後の「アメリカ式思考」は間違いであった。我々は「覚悟」の時を迎えつつあるようだ。それは、「新しい歴史的パラダイム」への移動の「歴史的大転換期」による動乱必至の覚悟が必要ある。日本人よ、昔の日本人の心に回帰すれば幸せになる。

平成20年12月1日

徳永日本学研究所 代表 徳永圀典


 タイトル嗚呼日本よ
 2008/11/27

 投稿者:岩崎芳夫

 防衛省航空幕僚長田母神氏が更迭されたことはまだ記憶に新しい。「日本は侵略国家ではない」とした論文を投稿し、村山談話なる政府見解に反したことが問題とされ、結果として政府や議会、マスコミから袋叩きにあったのである。

 あろうことか浜田防衛大臣はこれでも飽き足らず、多くの幹部が論文を投稿したとされる第6航空団が所属する小松基地の監察を行うとのこと。大臣個人権限による言論封じであり国家の貶めである。

 言論の自由と主張思想の自由は何人たりとも認められ、自衛官も例外ではない。まして真摯に研鑽すれば田母神氏の論文は全く正しく、今こそ国家を我が国の歴史を正しく導こうとした痛恨の信念の表現であり、今こそ真剣なる議論を重ね国家の誇りを取り戻す可き時期に、大臣の処置は我が国の先人を冒涜し国家を蔑む行為でもある。

 これは毎年行われる戦没者追悼式で、国家のために命を捧げた先人を侵略者の手先であるかのごとく貶め、戦没者遺族を逆なでする式辞を述べて憚らない河野洋平と全く同様の行為である。

 さらに残念なことがある。11月17日付産経の社説検証によれば、産経以外の新聞社説は、「ぞっとする自衛官の暴走」「言論の自由の履き違え」(朝日)「立場忘れた軽率な論文発表」「言論の自由を履き違えるな」(読売)「トップの歪んだ歴史観とは」「隊内幹部教育の実態究明を」(毎日)「田母神空幕長の解任は当然」「田母神氏だけなのか心配だ」(日経)、産経は「歴史観封じてはならない」「本質的議論聞きたかった」と公正な論調である。

 新聞社の多くは歴史を勉強されてはいないのではないか。国民の多くが侵略としてきた戦争が満州事変から支那事変、そして大東亜戦争であるが、少なくとも公共の紙面を汚す諸兄には我が国近代史の一部であるこの部分だけでも歴史的経緯として、東アジアの実態、欧米の思惑と政策、開戦のため如何なる謀略があったのかなかったのか、これくらいは勉強して戴きたいものだ。

 尤も朝日新聞のように侵略国家と言う結論ありきの姿勢では何も役立たない。侵略国家であったとするのならば、逆の調査研究もすべきではないだろうか。それが公平な論調に繋がるのだ。少なくともそれくらいの努力はお願いしたいものだ。
新聞の力は国民を洗脳するかのごとく強大な影響力を持つ、このように考えれば公正な論調の産経以外を購読される方々は、記事に否定的あるいは疑心を持って読まれることは少ないであろう。仮に社会のシーンでこの論議が交わされるとしたら、多くが田母神けしからんと言うことであろう。

 全く恐ろしいことである。我が国滅亡の危機に立ち上がった対米英蘭戦争、東南アジア諸国の植民地解放に血を流し、日本国の延長として台湾・朝鮮を統治し国家基盤を整備してきた国家が、地球史上最悪の侵略国家と謂われ、国民すら自国を蔑むのである。


 政治の無能と無策を断ずる
 2008/11/19

 投稿者:岩崎 芳夫
 浜田靖一防衛大臣は、内外に内部調査の徹底を誇示するため小松基地に所属する第6航空団を監察すると言う。
 この監察は、個人の信条や思想表現などを縛りかねないもので、しかもその原因は論文投降を問題視し、我が国は侵略国家であったとして、周辺諸国に対する謝罪の意図を明確にした村山談話を政府見解としていることに反するからである。
 政府や政治に携わる者は、国家を寄りよき方向へ導くべき立場にあり、その国家の要である核を成すものは国民である。なれば国民を正しく導き、国家に誇りを持てるようにすることが本来の姿であるはず。
 村山談話なるものが、自虐的精神から日本国を貶めるための苦肉の策として、当時の首相の個人的理念だけで出され、侵略国家を自認する政治家たちの周辺諸国への良心として持て囃されてきた愚かな顛末が、今回の監察へと結びついているのである。
 総ての面で国家をまともにする唯一のツールは、歴史認識である。ドイツは600万人ものユダヤの民を虐殺した。後世のドイツの政治家たちは、事実は否定せずとも、一時代の狂った指導者の犯罪であったとして、総てのドイツ民族の犯罪ではないとして、国家の威信を保とうとした。
 日本はどうか、原爆投下の隠れ蓑として捏造された在りもしない虐殺事件を謝罪し、日本国の一部として国家の多くの資財を投じて礎を築き統治してきた周辺国に、反体制の政権が誕生し強硬に及ぶと、その統治を謝罪する。
 政治家たちは原爆投下の正当性を創り上げたトルーマンの非人道的策謀を知っているのであろうか。無知で歴史を断定し国家を貶めてはならないのだ。
 これこそは、政治家たちが以下に歴史を学んでこなかったかの現れである。正史を学んでこそ国家を誇りに思えるのである。謝罪外交や侵略国家を容認する人々には、決して国家を真剣に思う心は宿ってはいない。残念にも現実はその様な人々が国家を代表しているかの如く自惚れ、自信に溢れ、国家を貶めるのである。
 この様なことで、周囲を取り巻く外交的難問に立ち向かえるのであろうか。竹島問題、対馬問題然り、日中中間線問題、北方領土問題、拉致問題然りである。


 民主党を叩かないマスメディアの怪
 2008/11/17

 1.二大政党の党首が、国会で週一回の「党首討論」をするべく強引に事を運んだのは、小沢一郎である。

2.だが、福田内閣の時は一度のみ、麻生内閣では、麻生総理が熱望しているのに拒否ばかりである。

3.然るに、マスメディアは、小沢一郎を叩かないし、民主党を非難もしない。

4.これが政府とか自民党なら、猛然と叩き連日話題にするであろう。

5.現に、総理が読み間違えた言葉や、本質的な問題ではない些事を連日話題にして賑やかしオチョクッテいる。

6.メデイアは、小沢一郎が党首討論を拒否したことは知らぬ顔である。

7.小沢一郎民主党は、
  1.日銀総裁の人事を再三拒否し国会審議を無駄にした。
  2.国益に適う自衛艦の給油も拒否した。
  3.総合的に、小沢民主党は、「無責任政党」である。

8.以上のような小沢一郎であり、民主党である。国民から公平に観察しても、小沢一郎民主党は納得出来ないのである。

9.以上のような経緯から判断して、日本のマスメディアは、実に「不公平」な「偏見に満ちた存在」であると断定してよいのである。

10.日本のマスメディアは、
  1.「信用してはならぬ」。
  2.「情緒的過ぎる」
  3.「偏見に満ちている」。
  4.「真実の報道」をしない。――田母神論文関係。
  5.特に、「NHK」、「朝日新聞」が偏向している。
  6.バブル崩壊時、「米国各付会社」の「提灯持ち」をして、国民をミスリード
したではないか。「程度が低い」のである。
  7.連日、「お笑い番組」やら、不必要なまでに「犯罪の手口」を連日こまめに報道して犯罪を助長する気配がある。
  8.「良心」と「良識」に欠ける存在である。
  9.高校生が発言していた。「朝日新聞」は大嫌い、「サンケイ新聞」がいいと。

平成20年11月15日   徳永日本学研究所 代表 徳永圀典


 民主党の田母神氏招致は「無駄」であった
 2008/11/12

  田母神氏の参議院参考人喚問は無意味なものであった、というのが大方の印象ではないか。

1.尽きる所は、田母神論文は、将に「歴史的事実」であり、これ自体を深く追求すると、無知の国民まで「ああそうか」と事実の宣伝となるり、民主党等の意図に反するからであろう。歴史的真実を堂々と議論しようとせず歴史の事実の隠蔽に加担した民主党だとの印象である。

2.だから、民主党の浅尾氏や犬塚氏の追及は「論文の歴史問題」を避け、専ら防衛大臣に焦点を当てた実に他愛無い些細な質問ばかりで、全体的に、この委員会は、田母神氏を招致する必要のないもので経費の無駄であろう。

3.従って、浅尾氏は、実に下らぬ些細なことばかりの質問であった。本論文の「本質」を避けているのである。

4.それに対して、田母神氏の簡潔にして要を得た回答は、いかにも武人で、明瞭でキビキビした態度、発言で立派であった。やはり現場で国の安全に身命を欠けてきた人物である。浅尾氏とか犬塚氏とか、小沢一郎氏とか菅直人氏とか鳩山由紀夫氏とか、審議の引き延ばしでメシを食っている野党議員連中とは大違いである。

 平成20年11月11日 徳永日本学研究所 代表 徳永圀典


 田母神氏よ、「禍を転じて国家の福となせ」
 2008/11/07

   国会の参考人として招致が決定した。此処までに到ったのは田母神氏の言動の結果である。国軍を代表するトップは基本的には「黙して語るべきでなかった」。然し、「歴史的真実」の内容である。そうなれば、これほどの絶好のタイミングは無い、徹底的に論戦し、「禍を転じて国家の福」を実現願いたい。

1.論文の内容は「歴史的事実」である。
 これを反日左翼・日教組の為に、この歴史的事実を「知らない青壮年」を育てたことを示すものだという事を広く国民に知らせる絶好の機会とされたい。

2.貴兄を、生意気だとかいうメデイアがあるが、それは国家的見地でみれば、「些細なこと」である。国民から見て、生意気なのは、小沢一郎、管直人、石井一、興石東、福島瑞穂、などなど一杯いる。妙に謙虚になることはない、「堂々と信念を披瀝されたい」。

3.基本的には、「政府の腰抜け」に起因する。政府は真実に立脚する態度でないのだ。真実は真実として主張しなくてはならないのに、放置してきた政府が悪いのだ。

4.退職金を返納するのは「論説が間違っていたことを認める」こととなり拒否するのは、天晴れであり、愚生も賛同する。返却する必要はない。

5.参考人として出席し、悪びれてはならない。どうして「真実」を野党は認めないのか、歴史の真実は、こうであると、バカな国会議員に衆知願いたい。

       平成20年11月7日  徳永日本学研究所 代表 徳永圀典


 田母神俊雄氏は甘い
 2008/11/04

 田母神俊雄氏は甘い

 田母神俊雄氏の話題の論述に関してである。論述の内容は、将に歴史的事実である。腰抜けの政治家、特に、民主党・鳩山幹事長など、言えない、肯定し得ないものであろう。それは、未熟な知識か、自虐思想の持ち主か、反日か、勇気の欠如か、その辺に真の理由があり、あの年配の、国家観の貧困さ、厳しさの無い、甘さの平和ボケで、将に亡国ものである。
 だが、田母神俊雄氏も「見識」に欠け、「甘い」のである。厳しさに欠けるのである。
田母神俊雄氏は
 1.一国の軍隊のトップである。
 2.軍人の統領は、「デンと構えて、余計な発言を避け、あの論述の精神」で以って、日本防衛の職務に専念しておればいいだけなのである。
 3.懸賞論文に現役の軍隊の総帥が提出するなど、言語道断である。引退して現役を外れてからやればいいのだ。
 4.ここら辺に、戦後生れの、国家観の甘さや、総帥としての自覚が断然欠けているのである。
 5.あの自民党議員の中山氏も同様である。
 6.両氏とも発言の戦略的タイミングが甘く稚拙である。
 7.一国の指導層の軟弱さ、甘さ、国家観の欠如がかかる発言を惹起している。
 8.基本的には、政府が軟弱である。このようにして、ずるずると真実から隔離した認識の国民が増え自虐の歴史から脱皮できないでいる。
 9.日本人なら、万難を排して、一度は、是非、乗り越えなくてはならぬ関門である。祖先に申し訳が立たぬではないか。
          平成20年11月3日  徳永日本学研究所 代表 徳永圀典


menu前ページTOPページ次ページspace.gifHOMEページ

- Topics Board -